公務員を辞めて料理教室を始めた私の3年半。安定を手放したリアルな結末。

安定を捨てて挑戦。公務員を辞めて料理教室を始めた3年半。
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公務員として働いてきたけれど・・・

今は契約社員として働いていますが、ここに至るまでに遠回りもしました。

今の働き方についてはこちらで書いています。
→【40代契約社員は不安?女性のリアルとこれからの対策】

2010年から2022年3月まで、地方公務員として働いていました。
事務や窓口、電話など、責任感のある仕事。忙しい職場でした。

ただ、仕事は多忙ですが、待遇は恵まれています。

給料はすごく高いわけではありませんが、
人事評価に基づき年々上がり、賞与もしっかり支給されます。

さらに女性にとっては、こんな働きやすさがあります。

・産休、育休の取りやすさ
・職場に女性も多く、子育てに理解が深い
・育休後、復帰してから時短勤務制度などが充実している


実際、私も子ども2人分の産休・育休をあわせて3年間いただきました。

育休から復帰後は、時短勤務制度を使いました。
通常8:30~17:15までの勤務時間のところを
9:00~16:15までに短縮しての勤務。

もちろん、時短勤務制度を使うと、給料が時給換算されて
短くした時間分の給料が減ることにはなります。

それでも、小さい子どもを育てながら
正職員として働き続けられる環境はありがたいことです。

安定して働ける職場、と思っていました。

さて、そんな私に転機が訪れました。


① 安定を捨てるなんて怖い。でも辞めました。

2020年、育児休業中、家族も私もより健康になりたいと思い、料理教室に通い始めました。
コロナ禍にもかかわらず、料理教室はとても楽しい場でした。

帰宅してからも美味しく楽しく料理して、
いつの間にか、私も家族も体調良好になっていきました。

もっと知りたいと料理を学び続けるうちに、
「私も料理教室を開きたい」
という想いが沸々と湧いてきました。

コロナ禍では、普通と思っていたことが普通でなくなる、という感覚がありました。
何よりも、命には限界がある。
いつか、と先延ばしにしていたら、結局できないまま突然終わるかもしれない。

公務員は副業が禁止されている。
どうしよう。このまま50代になるまで待って早期退職しようか。
いや、このまま10年以上、やりたいことを我慢することになる。


だったら・・・
思い切って挑戦してみよう。
もしうまくいかなくても、生きるために仕事はしていこう。

何回かかかりましたが、夫に説明。
「そんなにやりたいなら」とやっとOKをもらいました。
(夫も2020年ごろから自営業を始めたところでした)

2021年秋、覚悟を決めて上司に打ち明けました。
とっても驚かれました。
「もったいない気もするけど」と言われながらも
覚悟が揺らぐことはありませんでした。

2022年3月、12年間お世話になった公務員を退職しました。

② 料理教室スタート

準備期間は6か月。
料理の練習をしたり、トークの練習をしたり。

それまで避けていたSNSでしたが、アカウントを作り、発信を始めました。
また、ブログも書き始めました。

晴れて料理教室をスタートさせた初日。

案内を送った学生時代の友人のほか、
加盟先のHPを見た初めてさんが加わり、

満員御礼でした。

興味を持ってもらえたのが嬉しくて、
大切なことを伝えられる喜びに満たされました。

この調子で生徒さんがくるのかな♪
とワクワクのスタートを切りました。


③ 現実:収入が伸びない

料理教室の運営には次のような経費がかかります。

  • 研修費(団体に加盟する場合)
  • キッチン用品
  • お皿、コップ、カトラリー
  • 食材(試作用の食材含む)
  • レンタルスペース代(自宅以外のスペースを借りる場合)
  • チラシ印刷代
  • 公式LINE(途中から有料プランを使うようになった)
  • 毎月、加盟先に払うロイヤリティー
  • レッスン開催後、売り上げから差し引かれるレシピ利用料など

その後3年間、
売上げは年間20万円代をウロウロ。
経費を差し引くと、赤字が続きました。

行動が大事、と思い、
人が集まるところに行って知り合いを作ろうと試みたり、
マルシェへの出店、出張レッスン開催、
色々やってみました。

生徒さんを集められたときもありましたが、
継続的な黒字には至りませんでした。

SNSはうすい繋がりを作ることはできても、
集客はちらほらでした。

何でも頑張れば伸びると思っていた部分がありました。
実際、料理の試作を何度もやりますが、
試作すると美味しく作れるようになります。

けれど、集客については
「今度こそ」「もう少し」で続けたけれど
成長させるのが難しかったです。

同じく公務員を辞めて料理教室を始めた人の中には、
一家を養うほどの収入を得ている人もいました。

私は、1,2年のうちに少なくても
月3万円程度の収入がほしかったのです。

でも、月3万円を達成できた月は、片手で数えられる程度でした。

④うまくいく人、いかない人

michiyo

実は私、次々と初対面の人に話しかけるのが苦手。
人が集まる場に行くのもあまり得意ではないんです。

料理教室の主宰って、料理ばかりしているイメージがあります。

実際は、料理の練習よりも集客のための行動に時間をかけます。
特にリアルの教室では、知り合いを作ったり、紹介される立場になったり。

人が集まる場所に出ていって、自分を知ってもらう行動が必要になってきます。

私はその現実を予想できていなかったのかもしれません。
もしくは、料理教室のためならできる思っていたのかもしれません。

やろうと思えばできます。
だから人の集まる場所に出ていって初対面の人に話しかけたりします。

でも実は、人が集まる場所に行くと疲れやすく
「頑張ってる感」はあるのに
成果が出にくい。

そのことに気づき始めました。
周りを見渡すと、全然平気そうに、むしろ楽しんでいる人もたくさんいます。

michiyo

人それぞれ、ずいぶん違うんだな・・・


それでも、3年はやってみよう、と続けてきました。


⑤やめる決断

収入面では厳しかった

料理教室の収入が軌道にのらず、
生活費が厳しくなりつつありました。

途中から派遣社員を週3日始めました。

それでも生活費が足りず、派遣社員を週5日(時短)でこなし、週末に料理教室を開くスタイルに変えました。

生活費はまかなえるものの、
やはり料理教室の集客は難しいままでした。

「これ以上続けても…」という感覚

やってみたからこそ把握できたこと。

・集客が難しかった
・自分の特性
・料理教室は、料理よりも集客が活動のメインであること

加盟先のホームページやSNSからの流入もありましたが、かなり限定的でした。

だから、自分が動くしかない。
そう思って3年半続けました。

しかしながら、3年過ぎても状況が変わらず、赤字のままではモチベーションが下がります。

ノートに自分の気持ちを書いて、向き合う日々が続きました。

そして2026年春、料理教室の看板を下ろすことにしました。


⑥後悔しているか?

視野が驚くほど広がった

もしも、公務員を継続していたら、立場や部署が変われば、視野が広がったことと思います。

でも、退職して挑戦した経験は、それを超える広がりだったかもしれません。

とにかく濃い時間を過ごしました。
公務員のときとは、真逆のことをやってきました。

公務員料理教室
仕事はイヤでもやってくる仕事は自分で作る
獲得しに行く
穏便にすませる感動を伝える
組織の中で目立たないよう行動する自分を知ってもらう
発信を続ける

結果、頭が柔らかくなりました。
「○○しなきゃ」の人生から
「楽しいからやる、やりたいからやる」の人生へと変わりました。

生徒さんや関わってくださる方たちから、多くのことを学びました。
気づきの多い、豊かな時間を過ごしました。

レッスン以外にも影響がでました。
自分や子どもへの「○○しなきゃ」の圧力が下がり、
暮らしそのものを楽しめるようになりました。

だから、

公務員を辞めたことへの後悔は感じていません。

この経験ができて、本当に良かったと思っています。


⑦ 見えてきた自分

人間には
自然と上手くできること(得意)
やり方がわかっていても、上手くできないこと(不得意)
その2つがあると思います。

料理教室をやっていて、メールマガジンなど、文章を書くことを面白いと思うようになりました。
また、読書も好きで、以前より読書量が増えました。

書いた文章をほめられたことがありました。
そういえば、文章を書くのは好きだし、得意なことだったのかも、と40代にして初めて気づきました。

読書と、文章を書くこと。
今はこの2つをもっと生かしていきたいと思っています。

もちろん、料理は私の財産になりました。
家族と自分のために楽しんで続けています。



料理教室をやめたとき、思ったこと

正直な気持ち

料理教室をやめたとき、正直ホッとしました。

「今度こそ」「またダメだった」と
がっかりを繰り返さなくてもいい。

でも同時に、悔しさもありました。

3年半やっても形にできなかったこと。
もっとやり方があったのではないかという思い。
「挑戦に意気込んでいた自分」はどこに行ったのかという気持ち。

michiyo

ホッとした気持ちと、悔しさ。
どちらも本音です。

今はこう考える

あの3年半があったから、
私は「安定」も「挑戦」も、どちらの重さも知っています。

この経験がなかったら、
思うように成果がでないことを「失敗」とカテゴライズし続けていたと思います。

今の価値観は全く別。
・経験したことが宝物
・経験から得た学びや気づきは本物
と実感しています。

だからこそ今は、
夢だけでもなく、安定だけでもなく、
現実的に月30万円を目指しています。

こちらの記事にも書きました。
→【40代契約社員、なぜ月収30万円を目指すのか。今からできることを考える】

好きで得意なことも生かしたいです。
今の契約社員の仕事でも、このブログでも、どんどん文章を書くことをやって鍛えていきます。

振り返ってみると、遠回りだったかもしれません。
でも、やってみた経験は自分のもの。

書くこと以外にも、
料理教室の経験が思わぬ形でこれから役立つのかも…
と思うとワクワクしています。

michiyo

自分と向き合い続けた3年半のストーリーでした。
お付き合いいただき、ありがとうございます。

この記事を書いた人

1984年生まれ。大学卒業後、学校法人で正社員3年→市役所勤務12年→個人事業主として料理教室主宰3年→並行して派遣社員1年→現在は契約社員として事務の仕事をしている。

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